概要
米国特許審判部(PTAB)は、中国のディスプレイ大手、天馬微電子(Tianma Microelectronics)がLGディスプレーを相手取って提起した当事者系レビュー(IPR)請求を却下する裁定を下しました。この裁定は、外国政府およびその機関が米国発明法(AIA)上の「人(person)」に該当せず、したがってPTABを通じて特許の有効性を争う資格がないことを明確にしました。
事案の経緯
PTABは最近、天馬微電子がLGディスプレーの複数の特許を無効化するために提起したIPR手続の開始を拒否しました。却下の核心は、先行技術の有効性ではなく、請求人の「法的資格」にありました。LGディスプレーは、天馬微電子の所有構造と中国政府との関係を根拠に、同社が外国政府の「代行機関(instrumentality)」と見なされるべきだと主張しました。PTABは2019年の米国最高裁による Return Mail, Inc. v. United States Postal Service 判決の論理を引用し、AIA上の「人」という用語から主権国家は除外され、この除外原則が外国政府とその機関にも同様に適用されると結論付けました。
背景
Return Mail 判例は本来、米国連邦政府がIPRやPGRを請求できる「人」ではないと規定したものでした。今回の裁定は、「主権国家(sovereign)」の範囲が米国政府に限定されるのか、あるいは外国政府まで含まれるのかという長年の曖昧さを解消しました。特に中国をはじめとする多くの国の技術企業が国家所有であったり、かなりの政府統制を受けている状況において、これらを「外国政府の代行機関」として分類することにより、米国特許庁(USPTO)はこれらの企業が米国特許に挑戦できる経路を大幅に制限することになりました。
実務への影響
知財実務家やグローバル企業にとって、今回の裁定は以下のような戦略的変化を意味します。
- 防御戦略の強化:国家との関連性がある競合他社から攻撃を受けている特許権者は、強力な手続的防御手段を得ることになります。請求人が外国政府の一員と規定されれば、実体審理の前に請求自体を却下させることが可能です。
- 訴訟地の変化:PTABの利用が遮断された外国国営企業は、米国連邦地方裁判所での無効訴訟に頼らざるを得なくなります。地方裁判所はPTABの「証拠の優越(preponderance of the evidence)」基準よりもはるかに厳しい「明白かつ説得力のある証拠(clear and convincing evidence)」基準を適用するため、無効化のハードルが上がります。
- ライセンス交渉への影響:国営企業(SOE)と交渉する企業は、当該SOEが紛争発生時にPTABを交渉材料として活用できないという事実を戦略的に考慮する必要があります。
今後の展望
この裁定は、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)に控訴される可能性が高いとみられます。今後の焦点は「代行機関(instrumentality)」の具体的な定義になるでしょう。どの程度の出資比率や統制力が商業法人を主権機関に変貌させるのかという詳細な基準が待たれます。また、この裁定が諸外国の特許庁による相互主義的な対応を招く可能性もあり、米国企業の海外特許戦略への影響も注視する必要があります。



