概要

米国国際貿易委員会(ITC)は、ネットリスト(Netlist)の提訴を受け、サムスン電子のメモリ製品に対する「セクション337」調査を正式に開始しました。この調査は高性能メモリチップに関する特許侵害を対象としており、結果次第では、AIインフラの核心であるHBM(高帯域幅メモリ)やDDR5を含むサムスンの主力製品が米国市場から排除されるリスクを孕んでいます。

事象の背景

2026年1月2日、ITCは、サムスン電子およびその米国子会社、ならびに共同被申立人であるGoogleとSupermicroを対象に、特定の半導体デバイスおよびメモリモジュールの輸入販売に関する調査の開始を発表しました。カリフォルニアに拠点を置くネットリストは、サムスンの製品が自社の高密度・高速メモリ技術に関する特許を侵害していると主張しています。今回のITCの動向は、テキサス州連邦地裁での巨額の損害賠償判決に続くものであり、ネットリスト側が「輸入禁止」という強力な交渉カードを切った形となります。

  • 調査対象: DDR4、DDR5、LRDIMM、およびAIアクセラレータ用HBMコンポーネント。
  • 予想される救済策: 限定的輸入排除命令(LEO)および停止命令。
  • 法的フォーラム: USITC 調査番号 337-TA-1472。

文脈:長引く特許紛争の経緯

サムスンとネットリストの対立は2015年に遡ります。当初は提携関係にありましたが、ライセンス料や契約範囲を巡る不一致から法的紛争に発展しました。ネットリストは近年、テキサス州東部地区連邦地裁において、2023年に約3億300万ドル、2024年に約4億4500万ドルの賠償金を得るなど、法廷闘争で優位に立っています。

「ITCは金銭的賠償ではなく市場アクセスそのものを遮断できるため、特許権者にとっての『最終兵器』と見なされています。」

一方、サムスン側は特許審判部(PTAB)への当事者系レビュー(IPR)を申し立て、特許の無効化を試みています。一部の特許は無効とされましたが、重要特許が維持されていることが、今回のITC調査の引き金となりました。

実務家への示唆

1. 複数フォーラムにおける訴訟管理

知財担当者にとって、このケースは「並行訴訟」の複雑さを示しています。地裁での賠償、ITCでの排除、PTABでの無効化という3つの戦場において、一貫性のある主張を維持することが求められます。一箇所での勝利が他での敗北によって無効化されるリスクを常に考慮する必要があります。

2. 輸入排除命令(LEO)による交渉力

地裁での恒久的な差止命令を得ることが困難な現状(eBay基準)において、ITCの排除命令は極めて強力な武器です。特許侵害が認められれば、原則として輸入が禁止されるため、法務オペレーションチームはサプライチェーンの分断という重大なリスク管理を迫られます。

3. AIおよびHBM市場へのインパクト

サムスンがSKハイニックスやマイクロンとAI市場でしのぎを削る中、米国へのHBM供給が停止されれば、その市場シェアは即座に競合他社に奪われることになります。これは単なる法的問題に留まらず、AIハードウェア業界全体の勢力図を塗り替える可能性があります。

今後の展望

ITCの調査結果が出るまでには通常12〜15ヶ月を要します。その間、サムスンはグローバルな和解に向けて強い圧力を受けることになるでしょう。行政法判事(ALJ)による予備決定や、パブリック・インタレスト(公共の利益)に基づく大統領の拒否権行使の可能性が焦点となります。半導体不足が懸念される中、「公共の利益」という論理がサムスン側の主要な防御策となることが予想されます。