概要
CRISPR-Cas9遺伝子編集技術を巡る10年越しの紛争が、決定的な新局面を迎えました。韓国のToolGenが最近、米国と欧州で主要な特許登録を確保し、統一特許裁判所(UPC)においても有利な立場に立ったことで、業界大手を巻き込んだ大規模なライセンス交渉が不可避となっています。
事案の経緯
2025年末から2026年初にかけて、ToolGenは一連の決定的な法的マイルストーンを達成しました。欧州特許庁(EPO)と米国特許商標庁(USPTO)は、ToolGenのCRISPR-Cas9 RNP(リボ核タンパク質)導入技術に関する特許登録を承認しました。同時に、グローバルなIPコミュニティは、UPCが多国籍にわたる差し止め命令の先例を確立しつつある中で、ToolGenがブロード研究所(Broad Institute)やCVCグループ(UC Berkeley)の覇権に挑む構図を注視しています。
背景と文脈
CRISPRの特許状況は極めて複雑です。初期の争いが「誰が最初に真核細胞に適用したか」に集中していたのに対し、ToolGenが主役を演じる第2波は、RNP導入手法に関するものです。Cas9タンパク質とガイドRNAを複合体(RNP)としてデリバリーする手法は、ウイルスベクターを用いるよりも臨床上の安全性と効率が高く、現在のデファクトスタンダードとなっています。
- 米国におけるインターフェアレンス: ToolGenは現在、PTABにおける抵触審査(No. 106,126および106,127)において、特定の文脈で「シニア・パーティ(Senior Party)」に指定されており、対抗勢力に対して立証責任を課す有利な立場にあります。
- 欧州でのピボット: EPOがToolGenのRNP特許を認めたことで、同社は欧州市場に参入する治療法を阻止し、あるいはロイヤリティを課す実質的な権限を握りました。
専門的知見と示唆
IP実務家にとって、本件は以下の3つの重要な戦略的転換を浮き彫りにしています。
- UPCのレバレッジ: 統一特許裁判所(UPC)は、一度の判決で欧州の大部分にわたるクロスボーダーの差し止め命令を出すことができます。ToolGenがUPCで侵害訴訟に成功すれば、CASGEVY®のようなCRISPRベースの治療薬の流通を複数の領土で同時に停止させることが可能です。
- FTO(自由実施)リスクの再評価: これまでブロード研究所やCVCからのみライセンスを受けていたバイオ医薬品企業は、リスクの再評価を迫られています。ToolGenの特許は、現代のex vivo治療の標準であるRNP形式を明確にカバーしています。
- 手続的勝利の重要性: ToolGenの成功は、先発明主義から先願主義への移行期において、複数の管轄区域で「早期の優先日」を維持することの致命的な重要性を裏付けています。
今後の展望
業界の注目は、ToolGenが「グローバルな和解」を追求するのか、あるいは承認済み治療薬の開発者に対して長期的な訴訟戦を挑むのかに集まっています。より多くのCRISPR治療薬がFDAやEMAの承認に向けて進む中、「ToolGen要素」はもはや周辺的な法的トピックではなく、商業的な中心課題となりました。特許の専門家は、遺伝子編集時代におけるバイオSEP(標準必須特許に準ずる特許)の扱いを決定づけるUPCの仮処分判決に注目すべきです。



